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2009年3月16日 (月)
花の写真論
山茶花
撮影:PENTAX K100D + PENTAX FA 35mm F2 AL
花の写真の難しいところは
誰でも比較的簡単にそこそこ綺麗な写真は撮れるのだが
どの人の作品も同じような写真になって
綺麗に撮れてはいるがそれ以上のものがない写真になりがちなこと。
で、何かが不足しているのを感じて色々工夫しだすと
これがまた落とし穴に嵌まります。
小手先のテクニックの問題じゃないんですよね。
なんというか、その前段階のセンスの問題なんですよね。
センスのある人は努力しなくてもうまく撮れるが
センスのない人は努力してもうまく撮れない。
それが分かるまでに10年かかります。^^;
私はというと既に上手く撮れないことを悟っているので
花の写真はあまり撮りません。^^;
たまに撮るときも
どう頑張っても実物の美しさには勝てないというところから出発して
せめて個性を出そうと、そっち方向で奮闘努力しています。^^;
2009年3月13日 (金)
2009年3月12日 (木)
2009年3月11日 (水)
2009年3月10日 (火)
2009年3月 9日 (月)
2009年3月 6日 (金)
2009年3月 5日 (木)
藤原新也
書籍の写真をCANON PowerShot A570ISでクロップしました。
世界は複雑な形の花のリースのように、どこまでもどこまでも
つながっているわ。
できあがったリースを目の前にすれば、花と花とはむかしから
出会うべくしてつながているように見えるものだけど、その
隣り合わせの花でさえ奇跡に近い偶然によって結ばれたもの
に違いありません。
…だけど、偶然というその不確かな神のいたずらによって
生まれたリースの、なんと強固で美しいことでしょう。それ
は信ずるに足るものです。そうはお思いにならなくって?
偶然の出会いは一瞬のことです。そのあとの何十倍、いや
何千倍もの時間によってつちかわれる関係が、その偶然という
不確かな幻のようにつかみどころのないものに確固とした形を
与えるのです。
だけど、いつしかリースは朽ち、枝や花は散り別れるのね。
だからと言って、そのリースが信ずるべきものでないという
ことにはなりません。その美しい時間が、かつてそこに確実に
在ったということ。リースが消えたからといって、その時間が
消えるわけではありません。
(写真と文:“風のフリュート” by 藤原新也から)
藤原新也。
私が写真を撮り始めるきっかけとなった人です。
形のある事物を撮りながら、目に見える形のない思想や感情を
伝える“表現”としての写真の可能性を示してくれました。
2009年3月 4日 (水)
2009年3月 3日 (火)
2009年3月 2日 (月)
2009年3月 1日 (日)
女生徒
撮影:PENTAX K100D + PENTAX FA 35mm F2 AL
本棚の片隅から井坂洋子の詩集が出てきた。
昔、何かの本で「朝礼」という詩が紹介されていたのを読み、
衝動的に買い求めたのを思い出した。
熟練した詩人のような巧みさはないかわりに
その歳でなければ書けないであろう息遣いや
目に映る情景が瑞々しく書き綴られている。
揺れ動く未成熟な心情を描きながら、
その眼差しはかなり手ごわい。
「朝礼」 井坂洋子
雨に濡れると
アイロンの匂いがして
湯気のこもるジャンパースカートの
箱襞に捩れた
糸くずも生真面目に整列する
朝の校庭に
幾筋か
濃紺の川を流す要領で
生白い手足は引き
貧血の唇を閉じたまま
安田さん まだきてない
中橋さんも
体操が始まって
委員の号令に合わせ
生殖器をつぼめて爪先立つたび
くるぶしにソックスが皺寄ってくる
日番が日誌をかかえこむ胸のあたりから
曇天の日射しに
ゆっくり坂をあがってくる
あの人たち
川が乱れ
わずかに上気した皮膚を
濃紺に鎮めて
暗い廊下を歩いていく
と窓際で迎える柔らかなもの
頬が今もざわめいて
感情がささ波立っている
訳は聞かない
遠くからやってきたのだ





































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